AloofKnight met ebonywitch -孤高の騎士と漆黒の魔導師-  ――A Ballade for Certainwitch 後編

 

 友達か。
 ぼんやりと、流れ行く景色に思いを馳せた。
 よく考えてみれば、ミッドに来てからは友達と呼べる人物はひとりたりともいなかったことに気がついた。いつもなにか薄くて丈夫な皮膜を一枚隔てて人と接してきた。何故だかそうすることが正解であると思ってきたのだ。どうしてそう思ったのかは自分でもよく判らない。――いや、判らないと思っているだけで本当は知っている。ただ、その理由を思い出したくないだけだ。
 だが、それもいまは瑣末なものであると感じていた。
 いまこのひと時だけは、その皮膜は剥ぎ取られ、アクリル板のような隔たりは粉々に瓦解していた。



AloofKnight met ebonywitch -孤高の騎士と漆黒の魔導師-                       ――A Ballade for Certainwitch 後編



「ここです」
 クラナガンにある建築物の中では、明らかに異彩を放っているその建物をさしてミックはそういった。
 屋根は三角形で、瓦が葺いてある。基本的にコンクリートなどの素材を使っているクラナガンの建築物とは違って、木造である。更に背が低く、両サイドに三階建てほどの小さなビルが建っているので、かなりこじんまりとした印象がある。
「これって――」
 フェイトが少し驚いた声を出す。
「先祖が日本人らしいんです。ここの親方が」
 いきましょう、とミックが促して車椅子が前進する。
 玄関先まできたところでインターフォンを押す。中からくぐもったチャイムの音が響く。だが、それだけ。ひとがやってくる気配はない。念のためにもう一度押してみたがやはり人がいる気配はない。
 一番懸念していた事態が発生してしまったとミックは内心溜息をついた。と、いうのも。ここの親方は大変に偏屈な人物で、ひとつたりとも通信機器を持っていないのだ。そのため、事前連絡の入れようがない。直筆で手紙を書いてそれを郵送するという手もあるが、そんなことをするよりも直接向かったほうが早いので、ミックもそうしたのだが。
「留守……みたいですね」
 フェイトがいった。
「どうします?」
「そうですね」
 そういってミックは口元に右手を持ってきて考え込む。ミックが考え込むときの癖である。
 ここでずっと待ち続けるという選択肢もあるだろうが、しかしすぐに帰ってくるとは限らない。何時間も待たされ続けて挙句の上に風邪を引いてしまってはいけない。かといって、時間つぶしとあまり遠くへ行き過ぎても、ここに戻ってくる頃には夜になってしまう。基本的に午後七時以降に舞い込んできた仕事は、たとえそれが管理局からじきじきのものであろうと決して請け負わないことをポリシーとしている頑固な人物だから、そんなことになってしまえば本末転倒。わざわざクラナガンまでやってきた意味がなくなる。
 さて、どうしようかと考えていたときだった。
 きゅぅーというなにやら可愛らしい音が、背後で聞こえた。
 ミックは振り返った。
 顔を赤くしたフェイトがそこにいた。
 ああ、なるほどと思って時間を確認すると、ちょうど正午を少し過ぎたところだった。
 本当はデバイスを預けてから、どこかで昼食を採る、という曖昧ではあるが計画があったのだけれど。それに、単に昼を食べに出ていて留守だということも考えられる。
「先にお昼を食べましょうか」
 ミックはいった。
 口元には笑みが浮かんでいる。
 うつむき加減にフェイトは、「はい」と答えた。


 三十分ほど道を遡って、ようく駅前にたどり着いた。鍛冶屋にいくまでの道中で、何か食べられそうな店が一軒も見当たらなかったのでそこまで戻ってきたのだ。おなかが減っている状態で、車椅子を押して三十分も歩かせるのは少々気が引けたが、自分で車輪を操って移動するとなると倍ほどの時間が掛かりそうなので致し方ない。
 ともあれ、到着したのだからいまさらそんなことに気を揉んでも無駄なだけ。
「どうします?」
 駅前とうだけあって、人口の密度も高く、それに比例するように多種多様な飲食店が立ち並んでいる。ファストフード店やファミリーレストランといった無難な店から、各世界、各地方の専門料理店まで。自分が食べるものに関しては、それほどこだわりのないミックとしては、別にファストフードの硬貨一枚で食べられるようなものでもいいのだけれど。寧ろ、だからこそ、フェイトの意見を聞こうと思った。
「それじゃあ、あそこで」
 フェイトの視線の先には、ミッドチルダの大手チェーンが経営するファミリーレストランがあった。
 外からみた限りでは、それほど客が埋まっていない――これから込み始める――といった様子でこれなら待ちぼうけを食らうことはないだろう。
「それじゃあ決まりですね」
「はい」
 ゆっくりと車椅子が前進を始める。また少し日が翳ってきた。それだけで、急にまた寒さが増してくる。恐らく温度計ではそれほどの違いはないはずだ。それでも、体感温度は劇的に下がっている。デジタルとして、確実に数値化された事実が、果たして人間にとって正確かといえばそれが一概にそうとはいえない。その数値に間違いはないはずなのに。世の中は不思議だな、と思った。
 スロープを上がって店内に入った。入店するとすぐに若いウェイターの案内で、割合奥のほうの窓際の席に案内された。案内されながら、時折男の視線がこちらの方へ向けられているような気がした。
 案内された席にミックとフェイトは、向かい合って座った。それから品書きとにらめっこを開始する。
 しばらくそうしていると案内したウェイトレスとは別の若い女性が注文を取りにきた。
「ご注文はお決まりでしょうか」
 そういって伝票に目を移したウェイトレスだが、ちらちらとその視線が落ち着きなくフェイトの方に向けられる。
 しかし当の彼女はというと、別に気にした風もなくメニューを見ていた。
 怪訝に思いながら、ミックはクラムチャウダーとパスタを注文した。
 そのすぐ後にフェイトも「わたしも、同じのを」といった。
「かしこまりました」
 そういって一礼したウェイトレスは店の奥へと消えていった。
 尋ねるべきかな、と思いつつ水を一口飲んだ。
「あの、フェイト執務官」
 そういおうとして、執務官の執あたりで「ちょっといいですか?」と遮られた。
「ひとつ提案があるんです」
 人差し指を立ててフェイトはいった。
「ほら、その、わたしたち友達なわけじゃないですか。だから、プライベートで階級を付けて呼ぶのはやめませんか? それと、出来れば敬語も」
 突然の提案だったが、まあ妥当かな、と思った。
「別にかまいませんよ」
 そう答えたミックは、フェイトが少し機嫌の悪そうな表情を浮かべたことに気がついた。
「さっきのもカウントに入る――の?」
 入るのですか? と訊ねそうになったのに急制動をかけた。
「あ、すみません。つい――」
 そういってフェイトは顔を伏せた。
 どういう意味のついなんだろうか、と思ったが訊ねたいほど気になったわけでもないので、頭の片隅に追いやった。
「それで、何かいおうとしてませんでした? ホーランドさん」
「あー、ちょっといいか?」
 ミックはいった。
「別に、俺に敬語を使わなくていいと思うけど。ひとつしか年も違わないんだし。それと、名前も呼び捨てでいいから、ミックって。なんか、その呼び方をされると背中の辺りがぞわぞわってして穴を掘りたくなる」
「あ、あなですか?」
「そう。だから敬語もさん付けで苗字とかもなし」
 少し強引かな、と思ったが、いい出しっぺは向こうなのでこれくらいの主張をする権利がこちらにもあるはずだ。
「じゃあ、わたしのこともフェイトって呼んでもらえたら」
「了解。それじゃあ改めてよろしく、フェイト」
「こちらこそ、ミック」
 一区切りが付いたところで料理が運ばれてきた。そのときも何か、ウェイトレスがフェイトのほうをちらちらと見ているような気がした。なんとなく、料理を運んできたウェイトレスを目で追っていると、厨房の前あたりで先ほど注文を取りにきたウェイトレスとなにやら話し込みながらやっぱりこちらに視線を断続的に送っていた。いったい何事だろう、と見ているとふと目が合ってウェイトレスたちは気まずそうに視線を逸らした。
 局員とはいえ子供だけで来ているのが珍しいのか、とも思ったがクラナガンではそれほど珍しいことでもないので、それは理由にはならないだろう。
 まあ、気にすることもないだろう。
 事実フェイト自身も気にしている風には見えないし。
 本人がそ知らぬ顔をしていることに、わざわざつっこんでいらぬ不安要素を浮き彫りにさせる必要はない。
 スプーンを持つとミックはクラムチャウダーを掬って口に運んだ。
 あまり意識していなかったが、空腹だった体に熱くてクリーミィな液体はじんわりと染み込んだ。暖房がきいてるとはいえ、やはりこんな寒い日には暖かい食べ物はうってつけだ。
 それからパスタに手を伸ばそうとしたときだった。
 気にを咲くような女性の悲鳴が上がり、
「貴様ら動くな!」
 そんなガラの悪い怒号が響き渡った。
 店内の中央。凶暴な目つきの男が、女性客の首に片腕を絡め、そしてもう片方でその首筋にピタリと刃渡りの大きなナイフを密着させていた。
 その場にいたものすべてが凍りつく。その中で数人の男が立ち上がった。その手には、杖型の、魔導師が持つ一般的なストレージデバイスが握られていた。
(どうする?)
 気付かれぬよう、ミックはフェイトに念話を送った。
(少し様子を見たほうがいい、と思う)
 ミックは頷いた。
「妙な動きをしたら、この女を殺すからな!」
 男が怒鳴り散らす。
 それを適当に聞き流しながら、視線だけを巡らせて犯人たちの配置を探る。
(入り口のところと店内の四隅に一人ずつ。それに、人質とあの男の四方にもそれぞれ一人)
 ざっと見て取った様子をミックは伝える。
(でも、まだいるかもしれない)
 フェイトがいった。慎重を喫するに越したことはないので、ミックも頷く。
(通報は?)
 この状況で、自分たちだけで戦うのは少々危険すぎる。あの程度の相手にやられることは考えられないが、ほぼ満席の店内では怪我人――最悪、死者を出すことにもなりかねない。
(それもまだ様子を見たほうがいいと思う。傍受されないとも限らないから。そうなったら、多分取り返しの付かないことになってしまう)
 そう、恐らくあの集団は本気だ。それほどキャリアはないけれど、それでも地上の現場で培った勘がそう警告していた。恐らくフェイトのほうもそうなのだろう。ウェイトレスを人質に取った男といい、杖を持った連中といい、居住まい堂々としすぎている。俄かモノの犯罪者ではこうはいかない。恐らく彼らはきちんと訓練をされた――そうテロリストかその類だ。それならば、どうしてこの店を狙ったのだろうという疑問が残る。
 何らかの犯罪をすでに行っていて、逃亡中に追い詰められてここに立てこもった。
 いや、それならば元から店に待機していた仲間たちの存在を説明できない。
 計画犯罪なのか?
 となればやはりその理由が判らない。
 だが、そんなことを捕まえてから絞り上げればいいだけだ。
(あの、ミック)
(なにかあったか?)
(ううん。そうじゃなくて。ミックは怪我人なんだから、間違っても戦おうなんて思わないでね)
(…………)
 思いっきり戦う気満々だった。
(でも、飛べば足の怪我には響かないと思うけど)
(駄目)
 ばっさりと切り捨てられた。
(きちんと治す時は治さないと。だから、じっとしていてください)
 真摯な眼差しに射抜かれて、ミックは(了解)と答えた。
(でも、万が一のサポートくらいはさせてもらうぞ。一応、補助系も使えないこともないから)
(そうなの?)
(母さんがミッド式の魔導師だったから、昔少し習ったことがあるんだ。魔法のデータ自体もデバイスの中に残ってるから)
 ただ、やはり本職のミッド式を操る魔導師の補助系には足元にも及ばない。ミック自身にはミッド式の適性もあったのだが、それ以上に近代ベルカ式との相性がよかったので、そちらに固定してからは殆ど鍛錬をしていない。
「全員床に伏せろ」
 男が叫んだ。
 先ほど動くなといわれたばかりで、店内にいる誰もが動くことを躊躇っている。
「さっさとしろ!」
 男がもう一度怒鳴ると、客たちはそろそろ床に体を伏せていく。
 ミックは、フェイトに助けられて床に伏せる。
「そのまま手を頭の後ろで組め」
 男のいうとおりにしつつ、どこかに敵の死角はないかと周囲を窺ったが、天井の付近をサーチャーが浮かんでいるのを見て諦めた。とことん用意周到な連中だ。
 とはいえ、このままいいなりになっているのも癪に障る。
 みすみす目の前の犯罪を見逃してしまっては局員の名折れだ。
 といっても現時点では無策もいいところなのだが。
(このままじゃ、ジリ貧だと思うんだけど)
 隣に伏せたフェイトに目配せをする。
(サーチャーさえ誤魔化せれば、死角を見つけて移動することもできるかもしれないんだけど……)
 幻術系でも使えれば割と簡単な話なのだが、あいにくどちらもその手の魔法は習得していないのでどうしようもない。
(こっそり撃破、ってのはまあ気付かれるだろうな)
(何かで気を引いてその一瞬で人質を助けることが出来ればなんとかなるかもしれない)
 何か突破口はないかともう一度、伏せたまま店内を見渡す。
 ――あれは。
(フェイト。一瞬だけなら気を引くことを可能かもしれない)
(え?)
(あそこ)
 ミックが顎で指した先には、消火器があった。
(あれを、派手に中身をぶちまけさせれば、注意を逸らすことが出来るかもしれない)
 手の中に納まるサイズの魔力で構成したナイフを投げつけて爆発させる。頭のなかではすでにシミュレーションは完了している。
(その隙に、人質を助けだしてくれ)
(でもその作戦じゃあとが続かない。助けた後に、また別の人質を取られる可能性もあるし、逆上して無差別に攻撃する可能性もある)
 確かに、提案したミック自身もこの作戦がギャンブルであると判っていた。
 やはり危険を孕み過ぎているか、と諦めて別の作戦を考え始めたときだった。
(こちら陸士104部隊。応答できる状態なら、応答願います)
 聞き覚えのある女の声がミックの耳に飛び込んできた。
(その声、リースか?)
(え? ホーランド隊長?)
 顔は見えずとも、驚いているのが手に取るように判った。
(いまは隊長じゃない。そんなことより、外はどんな状態だ?)
(すでにうちの部隊で包囲しています)
(どういうことだ?)
 あれが逃亡してきて、その終着点としてこのファミリーレストランに辿り着いたのなら、この状況に説明が付くが、これは明らかにこのファミリーレストラン店内で突発的に発生した事件だ。
 どうやって、事件のことを知ったのだろう?
 その疑問は(タレコミがあったんです)という言葉によって氷解した。
(なかの状況はどうなっているんですか?)
(店の四隅に一人ずつ。それから真ん中に五人。中心の一人を取り囲むように。で、その中にいる奴がウェイトレスを人質にとってナイフを首にくっつけてる)
(なにか打開策はありますか?)
(そのことなんだけど。至急、正面と裏からの突撃準備をしてくれるか、こっちに考えがある)
 ミックは先ほど思いついた作戦をリースに話した。
(それって結構危険なギャンブルですよ)
(危険じゃないギャンブルなんて俺は聞いたことがないけどな)
(それは、そうですけど……)
(とにかくすぐに準備をしてくれ。指揮官は誰だ?)
(イヴェール二尉です)
(じゃあ、あいつにいってくれ、いますぐいうとおりにしないとあんたの不倫を奥さんにバラすぞって)
(え、ちょ――)
(実行は五分後。遅れるなよ)
 有無をいわさぬ語気でそう括ったミックは通信を切った。
(フェイト。さっきの作戦だけど)
(うん。聞こえてた)
(そっか。じゃあ、頼むぞ)
(ミックこそ)
 そういってフェイトは不敵に微笑んでいた。
(ああ)と頷いてミックもまた、口元を綻ばせた。
 そして、どちらともなく差し出した拳を打ち合わせた。
 目を閉じ、ゆっくりと息を吐いて精神を落ち着ける。
 無風状態の頭のなかに(配置完了しました)という通信が聞こえた。
(了解)そう答えてミックは目を開けた。
(状況を開始する!)
 先ほどのシミュレーション通り、気取られぬよう、一瞬で手の中にナイフを構成する。そして標的を見据えると手首のスナップだけで投擲した。空を切り床すれすれを駆けるナイフは、消火器に深々と突き刺さった。
(ブレイク)
 ナイフを構成していた魔力が、ミックの発したキーにより炸裂。それによって空いた穴から、超高圧から開放されたガスとともに消化剤が勢いよく噴出した。
 それによって一瞬、犯人たちの注意がそれた。
「バルディッシュ」
『Get set』
 その間隙に、フェイトはバリアジャケットを身に纏う。そして、人質を見据えた。
『Sonic move』
 床を蹴ったフェイトは、次の瞬間には人質を取っていた男を通り過ぎ、店のちょうど反対側へに着地していた。その腕のなかには、困惑の表情を浮かべたウェイトレスの姿があった。
 一瞬何が起こったのか理解できていないようだった犯人グループは、しかし次の瞬間に体勢を整えて反撃に出ようとした。
 しかし――。
「そこまでだ!」
 正面と裏口から突入した陸士部隊の局員たちがなだれ込み、犯人グループを包囲する。
「武器を捨てて投降しろ!」
 突入部隊のひとりが声高に叫んだ。
 手から滑り落ちるように、男の手からナイフがこぼれ落ちた。まるでそれが合図だったかのように、他の仲間たちもデバイスを捨てた。
 不気味だ、とミックは眉を顰める。この手の犯罪者――テロリストがこうも素直に指示に従うだろうか?
 ――そのときだった。
「Wir sind Leute, die dem Land des Gottes dienen!(我ら神の国に仕えし者なり!)」
 一斉にテロリストたちから叫び声があがり、そして次の瞬間に彼らは床に倒れた。倒れたテロリストたちは、みな一様に口の端からどす黒い血液を滴らせていた。

 ――白昼の突然起きた事件は、犯人自殺というあっけない終わりを迎えた。



「二人とも、協力感謝する」
 104部隊隊舎内の取調室の硬質な壁と床に、鷹揚な声で眼鏡をかけた禿頭の、鶏がらのようにやせた男がいった。
「どうして、いちいち取調室に入る必要があるんだ?」
 睨み付けながらミックはいった。端的にいえば、ミックは目の前の人物――イヴェール二尉が嫌いだった。そして、向こうもこちらを嫌っている。だから、これはきっとなにかの意趣返しなんだろう。だがしかし、フェイトまで一緒にここに入っているというのは、どうしても許せなかった。
「まあ、そう怖い顔をするな」
 こちらのそんな心中を知ってか、挑発するかのように、素知らぬ顔でイヴェールはそういった。
「なに、少し話を聞かせてもらえればそれでいいだけだ」
「話すことなんていまさらないだろ」
「一応ね、あの現場に立ち会った局員としての意見も聞いておきたいんだよ。どうも、突入した連中の話は胡乱で要点がつかめない」
「あんたのその、部下を軽んじるその姿勢は改めるべきだ」
「断定的にいうね」
「他の隊員に訊いてみろ、みんなそう答える」
 そういってミックは射殺さんばかりの眼差しでイヴェールニを睨み付けた。
(ミック)
 不意に、不安そうなフェイトの声が頭の中に響いた。
(大丈夫だ。これでも優秀な奴だから)
 部下に対する態度や扱いには目に余るところがあるが、陸戦魔導師として、そして指揮官としての腕は不承不承認めざるを得ないほどのものだ。だからこそ、上も処分に困ってたりする。なんともやっかいな人物だ。
「君はどう思う?」
「どうって、何が」
「彼らが意味もなくあんなところで騒ぎを起こすとは思えない」
「あんたあいつらが何か知ってんのかよ」
「当然だ。君も聞いただろ? 彼らが最後に叫んだ言葉。我ら神の国に仕えし者なり、って。あれは昔第194管理世界『ラントゴット』にあった宗教的テロ集団が死ぬ間際に、頭の悪い九官鳥みたいに繰り返し叫んでいた言葉だ」
「194管理世界だって?」
 それは――。
「そう、君の母親が死んだ世界だ」
 冷徹な眼が、眼鏡の奥に光っていた。
 頭の中で何かが弾けそうになった。拳を握り締めた。その掌に爪が食い込む。じんじんと掌に走る痛みのおかげで、かろうじてミックは正気を保っていた。
「ミヤモト執務官は、ラントゴットで、クーデターの黒幕となっていたそのテロリストたちの捜査の最中に殺された。連中のテロ行動は、クーデター終了後は少なくともミッドチルダでは発生していなかった。それが、何故かいまになって起こった。それも、ミヤモト執務官の息子であるお前の目の前で、だ」
「それはただの偶然だ。第一、俺たちがどの店に入るかなんて、それ以前にミッドに来るかも判らないのにどうやって前もって仕込むんだ? それに、どうして俺の目の前でやる必要があるんだよ……!」
 爆発しそうになる感情を押さえつけながらミックは言葉を紡いだ。
「なるほど」
 そういってイヴェールはテーブルの上に肘を着き、両手を顔の前で組んだ。
「これは例えばの話だ。もし、お前の近しい人物がミヤモト執務官の殉死について極秘に捜査していて、それが鼻持ちならない連中がいるとする。きっと彼らは脅迫するためにそいつに近い人物に大怪我を負わせるか、あるいは殺そうとするだろうね。そうはおもわないか? ――そして、そういった人たちは概して巨大な権力を持っている」
「なにがいいたい?」
「さあ? ただ、これからは気をつけて生活するべきだ。私はそんな警告を君にしているのかもしれないね」
 唇を歪めるだけの、表面上の笑みを浮かべたイヴェールは「それと」とフェイトのほうへ視線を向けた。
「暇なときでいいから、彼を守ってやってくれないかな」
「どいう風の吹き回しだ」
「確かに君のいうとおり、私は無能な部下は存在しないに等しいと思っている。だが、君のような有能な同僚にみすみす死なれてはいろいろと管理局にとって不利益だろうからね」
 こいつらしいといえばこいつらしい。
 煮えくり立つはらわたを押さえ込みながらミックは「話はそれだけか?」といった。
「そうだね。これでおしまいだ」
「それじゃあ、これで帰らせてもらう。まだ用事があるんでね」
 そういうとミックは車輪を動かして取調室を出た。
 少し遅れてフェイトも出てきた。
「さあ、いこうか」
 気持ちを入れ替えるために、勤めて明るく、ミックはいった。
「……うん」と頷いてフェイトは車椅子のハンドルを握った。
 だが、動き出さなかった。
「フェイト?」
 怪訝に思ってミックは振り返った。
「え? あ、ううん。なんでもない。ちょっと考え事してた」
 あははは、と苦笑しながらフェイトはいって、歩き出した。
 隊舎を出ようとしたところ、ピロティーの柱にもたれていた人物と眼が合った。
 自動ドアを抜けてそのまま素通りしようとしたところで「ちょっと待て」と声がかかって、自分の足ならそのまま止まらずに歩いていたところだが、律儀に止まってしまった。
「なんでお前がここにいんだよ」
「お前が一大事だと聞かされて、ケツを蹴られてここまで飛ばされて来たんだ」
 うんざりした様子で、プラントはいった。
「流石に、姉さんには俺でも逆らえんからな」
「階級は同じなのに?」
「馬鹿か、あれは精神的には中将レベルだ」
 そういってプラントは苦笑した。
「はじめまして。フェイト・T・ハラオウン執務官です」
 畏まってフェイトはいった。
「ご丁寧に。ショーン・プラント三等空佐だ。よろしく」
 こちらは砕けた感じ、というよりはただ単に面倒くさそうだった。
「で、お前ら鍛冶屋の姉御のところに行く予定だったんだろ?」
「ああ」
「代わり俺が持っていくからデバイス貸せ」
 そういって右手を差し出す。
「どういう風の吹き回しだ?」
 これって二回目だな、とミックは内心辟易した。
「一仕事終えて疲れてんだろ? それに、俺も現場を見ておきたいからそのついでだ」
「なあ、お前さ。母さんが死んだ事件あったろ? あれについて調べてたりするのか?」
「なんでそんなことを訊く?」
「なんとなく」
 プラントは眼を細めて、ミックの目を見た。
「別に。そんな過去のことを調べたところで、あの人はもう帰ってこない。俺はな、過去を振り返るのは死ぬ寸前の走馬灯の中だけって決めているんだ」
「そうか。ならいいんだけど」
「で、どうするんだ?」
「ああ、頼むよ」
 上着のポケットから待機状態で、小物の刀になっているデバイスを取り出した。
「なくすなよ」
「誰が。これは、俺にとってもあの人のたった一つの遺品だから――なくすか馬鹿」
 ニルヴァーナを受け取ると、プラントは「今日はもう休め」そういってさっさと立ち去ってしまった。
 ミックは溜息を吐いた。
 曲がりなりにも、これで当初の目的を果たしてしまった。時計を見てもまだ午後三時。外出許可の門限は5時だったのでまだ結構時間が余っている。
 ――それなら。
「フェイトは時間は大丈夫?」
「大丈夫といえば、大丈夫……かな」
「――少し付き合って欲しい場所がある」


          ※※※


 付き合って欲しい場所ってなんだろう? そんな風に思いながら、ミックの案内するとおりに進んだ。レールトレインを乗り継いで(その途中で何故か花も買って)、到着したのはクラナガン郊外だった。
 ここもわたしが来たことのない場所だ。
 静かな歩道を歩く。街路樹から舞い降りた落ち葉が路面いっぱいに積もっていて、一歩一歩踏み込む度にぱりぱりとレタスを齧るみたいな音を立てた。
 不意に、左側の視界が広がった。
「ここって――」
 開け放たれた門。その奥に広がるのは広大な墓地。門柱には局員墓地と彫られたレリーフがはめ込まれていた。
「そう。ここに、母さんが眠ってる」
 だから、花を買ったのか。
「たまには顔を出さないと、寂しがると思って」
 そう呟いたミックの表情は、やっぱりここからでは見えない。なんだか、いまのこのポジションがとても不便なものだとわたしには思えた。
 C-4ブロックだから、という声に促されてわたしは止めていた足を動かし始めた。
 いくつもの、生きていた頃の個性を無視して無機質に、無個性に立ち並ぶ墓石の中で、それだけが異彩を放っていた。
「あれが、母さんの墓」
 わたしたちの視線の先には、十字架がかたちどられた墓標があった。それは地球で、日本でもたまに見られるものだった。そうか、ミックのお母さんは教会のシスターだったんだっけ。
 墓前で足を止めた。ミックは、花束をそっと供えて、そして十字を切った。
「どんな、ひとだったの? ミックのお母さんは」
 わたしは訊いた。前から少し気になっていたことだ。ミックが魔導師を目指す切欠となった人だから、という理由だけじゃないような気がするけれど、自分でもよく判らない。
「そうだなぁ」
 とミックは少し考えてから、
「けっこういろいろ厳しい人だっけど、それは多分優しすぎたから、甘やかしすぎないために自分を制御するためだったのかもしれないなあって思う。実際、結構気さくな人だったし。あと、ウサギのパイを焼かせたら右に出るものはいないってくらいに上手だった」
「う、うさぎ?」
 あんなに可愛い動物を食べるの?
「そう。ヨーロッパじゃ結構食文化として、まだ残ってたりもするんだけど」
「おいしいの?」
「他のは知らないけど、母さんが作ったのは絶品だった。そうだなぁ、ウサギも食べられてよかったな、ってくらい」
「よく、判らない……かな?」
 はははと乾いた笑いを浮かべる。
 けどおいしいなら食べてみたい気もするような。――ああでも、やっぱりあの赤くて丸くて潤んだ瞳を思い出すと無理かも。
「いまでも眼を閉じればあの頃の風景を思い出すことが出来るんだ。三人で暮らしていた短かったけれど、幸せな日々」
 どこか遠く、この低く張った雲よりもその先の青空よりも、ずっとずっと遠くの決して手が届かない、そんな場所を見ているような眼差しを、ミックは浮かべていた。
「俺は時々、あの頃に戻りたいんじゃないかって思うときがあるんだ。無理だっていうのは判っているけれど。でも一度知ったぬくもりはなかなか消えてはくれない。忘れられないんだ」
「それは、無理に忘れる必要はないんじゃないかな……ってわたしは思うな」
 わたしはいった。
「そのぬくもりがいまもミックを支えているなら、きっとそれは忘れちゃ駄目なことなんだよ。だから消えないんだよ」
「そっか。そうだよな」
「それに、そのぬくもりに匹敵するような思い出をたくさん作ればいいんだよ」
「……その発想はなかったな」
 そういってミックは微笑んだ。
「やっぱり、フェイトは強いよ。俺なんかと比べたらよっぽど。もっと見習わなくちゃな」
「そんなことはないって――」
「あんまり謙遜しすぎると、いつか自虐になる――ってどっかの馬鹿兄貴がいってたぞ」
 ミックはいった。
「ようするに、フェイトはもっと自覚と自信を持つべきだってこと。少なくとも、俺からみればフェイトは立派なんだからさ、だからせめてもう少し胸張って生きてもいいと思うぞ、俺は。まあ自信過剰などっかの馬鹿みたいになれ、とはいわないけど」
「うん、ありがと」
 わたしはいった。
「でも、あれだね。ミックはお兄さんが大好きなんだね」
「な、んなわけあるか」
 そういってミックは拗ねた子供のようにそっぽを向いた。
「だいたいあいつはだな――って、あれ? 俺その話したっけ?」
「ううん。でも、さっきのやりとり聞いてて判った。さっきプラント一尉と会ったときに『俺にとってもあの人の唯一の遺品だから』っていってたし、『姉さん』ともいってたから、多分そうなのかなって思って」
「なんか名探偵みたいだな」
「そんな大げさなものじゃないよ。ただ、なんとなく、偶然あたったってだけだから」
 なんだか照れくさくてわたしは、そんな言い訳をした。
「そうだ、ひとつお願いがある」
 突然、ミックはそんなことをいった。声色が真剣で、わたしはなんだろうと少し身構えた。
「俺がもし、なにかとんでもないことをしでかしそうになったときは、そのときはフェイトにとめてもらいたいんだ」
「それって――どういうこと?」
「取調室での話。あのテロ組織が母さんが死んだことに関連してるって聞いたときに、自分でも抑えきれないくらいの、怒りと憎しみがこみ上げてきてどうにかなりそうだった。もし、これから先、またあの組織と関わる事件に遭遇したときに、俺は自分を抑えられる自信がないんだ」
 ミックの、胸の前で握り締めた拳が、小刻みに震えて、痛々しく血が滲んでいた。
 わたしは――。
「判ったよ」
 そう答えて、そっとミックの震える拳を両の掌で包み込んだ。
「きっとわたしが止めてあげる。だから、安心して」
 わたしの手の中で震えが消えていくのが判った。
「ありがとう」
 ミックはいった。そしておおきな深呼吸を一度した。
「じゃあ、帰ろうか」


          ※※※


「ここまででいいよ」
 医局の前まで来たとき、ミックがいった。
「うん」
 フェイトは頷いた。
「えっと、ミック。ときどき、お見舞いに行ってもいい?」
「そんなの、当たり前だろ。ああ、でも入院の期間は二週間だっていわれてるから、そっちも忙しいだろうし、あんまり来る機会はないかもしれないけど」
「そっか」
「でも、何か困ったときは呼ぶかも」
 苦笑混じりにミックはいった。
 ――過保護な姉がいる以上、あんまりその機会もないだろうけど。
「それじゃあ、また」
 ここで別れるのが少し名残惜しいような気がしたけれど、門限の時間が近づいていた。
「うん。またね」
 笑顔で手を振るフェイトに見送られて、ミックは医局の扉をくぐった。
 病室に戻ったミックベッドの上でほっと息をついた。今日はいろんなことがあった。だから少し疲れているのかもしれない。そう思ってミックは自分の右手に目を落とした。なんだか不思議な気持ちだった。掌を伝ってきたぬくもりが、確かにこの手にまだ残っている、そんな気がした。
「こういうことなんかなぁ……」
 新しくぬくもりを見つけた、といっていいのだろうか。ごろんと寝転がってミックは天井を見つめた。はっきりとは、いい切れない。でも、この手に残るぬくもりは確かなもので、それはきっと新しく見つけることのできたぬくもりなのだろう。
 胸の上に右の拳を置いて、目を瞑った。
 そこからじんわりと、胸の中にぬくもりが染み渡っていく。
 これから先、なにが起こるか判らない。自分が懸念していたようなことになりかもしれない。
 けれど、そんなときにはこのぬくもりがある。
 そして、優しい友達もいる。
 だから、
 きっと大丈夫。
 そう自分にいい聞かせた。




すみません。また遅れました。書けば書くほど予定よりも量が増えるという悪い癖がでてしまいました。しかも話にまとまりがなくてぐだぐだ……orz
ちなみに前編と中編と後編の両を足したら全体の半分くらいありました(全部で165枚(未公開分も含む)に対して83枚。で、そのさらに半分が後編だけでしめられていたりします)。

そんなわけで、第一部終了です(伏線を最後に張れるだけ張って逃げました)。

第二部は近日中に連載開始です。
近々予告編的な短いのを更新しますので。


それではまた次回お会いしましょう。

テーマ : 自作小説(二次創作) - ジャンル : 小説・文学

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下のつぶやき 「今日のTBS。絶対あれ声編集で足してるだろ。わざとらしすぎるわ。ただのTV SHOWじゃんこれじゃあ」